【個人は没するのか】

Pocket

昨晩、Twitterで「人は皆、自分の表現を求めている。日に日にその確信が強くなる。」とつぶやいたところ、ある友人からレスポンスがありました。

ぼくはその逆のように感じてます(◞‸◟;) 没個性

この真逆な考え方の根本を聞くとこのような回答をもらえました。

「人は皆、自分の表現を求めている。日に日にその確信が強くなる。」って感じてる小畑さんに対して、ぼくは「人は皆、自分を表現することに怯えている」ように感じてるってことです! もちろん皆が皆って訳じゃないですが

なるほど。
それは僕も共感している部分ではあります。
つまり、現代の日本社会は個人の表現を抑制する働きが少なからず存在していること感じている人がいるということです。

それを考慮した上でも、僕は人は皆自分の表現を求めていると感じます。
その理由をつらつらと連ねていきます。

なぜ現代の日本社会は個人の表現を抑制するのか

まずは現状把握をするためにこのテーマについて考えたいと思います。
あくまで僕の知識のもとで、個人的見解の中で述べていきます。

抑制する理由。
それは抑制したかったからに尽きると思っています。
個人それぞれがばらばらに動くと一つの集団として成り立たなくなります。
もちろん、同じ目標を目指すのであればそのようなことは起こりにくいと思います。
しかし、今までの日本の歴史を見ると、そう悠長なことは言ってられません。

まずは、戦争です。
戦争は一丸となって、相手国の人間を殺しに行かなければいけません。
殺しに行きたくない人がほとんどの中、一つにならなければいけません。
つまり、個人の意見を聞いていれません。
意見を聞いている間に殺されてしまう危険性が大いにあるからです。

次に高度経済成長期における労働です。
繊維工場から始まり、二次産業がめまぐるしく発展しました。
そこで行われていた仕事はみんなが同じ行動をするというものです。
もちろん、方法はどんどん改善され続けていたことだと思いますが、その場にいる多くの人が同じ作業を繰り返していました。
一人一人の働き方や能力を判断して、作業工程が決められていたわけではありません。

大きく分けると、以上の二点から現代の日本社会の風習は作られたように感じます。

現代の表現の抑制の動きとは

これは教育につきると思っています。
つまり学校生活ですね。
個人の尊重よりも、絶対評価が優先される。
定められた学校教育の枠から外れると怒られる。

「そんなことより勉強しなさい。」

と言いますが、それは違うでしょう。
個人の表現を受け入れることをおろそかにすると、その人の個性がどんどん没する。
それがアベレージな人たちが社会を形成していけば、大人になってからもそんな環境が続く悪循環。
負のサイクルの出来上がりですね。

新たな表現の可能性とは

インターネットの登場です。
ただ、誤解して欲しくないのはネットで発言するのも一つですが、それがインターネットがもつ力ではないです。
インターネットとは全世界の人たちをつなぐものです。
ネット上で発言するのは”ネット上で発言する”という表現の方法です。

表現の方法はいくらでもあります。
その無数の表現の方法をインターネットを介して全世界から知ることができます。
今まで誰も教えてくれなかったことを知れたり、考える機会もなかったことに対して考えさせてくれる機会を与えてくれます。

つまりインターネットは個々の表現のキッカケ作りをしてくれます。
あなたがまだ、自分の表現を持っていないのであれば、今スグに全世界の人たちをおしゃべりしてみてはいかがでしょうか?

なぜ人は個人の表現を求めるのか

それは生きているからです。
この世界に何十億人という人間が存在していますが、同じ人は必ず存在しません。
必ず見た目や感じ方、文化は異なります。

そして、人は自分の存在を顕在的か潜在的か受け入れて欲しい生き物です。
受け入れてもらい方がわからない。
だから自分を探す旅とかに出るんですよね。
それが自分の表現を求めるってことです。

自分にしかないものを見つけることによって、自分が今この世界に存在していることを認めてあげたいからです。

最後に

人は個性を求め続けています。
しかし、個性を抑制しようとする社会に僕らは生きています。

それらと戦うという姿勢ではなく、その社会を受け入れつつ、ではその中で自分はどのように個性を出すことができるのかを考えていきましょう。

個性とはその人が生きている証です。
個性を求めることをおろそかにすると必ずいつか自分がわからなくなってきます。

おそらく、個性ってのはもうすでにあなたの中にあって、それを見つけることやと想います。
きっと、自分と向き合い続ければ見つかるのではないでしょうか?

自分という個性を見つけて、素晴らしい日々を送りましょう。

Pocket