カメラマンという選択肢を捨てた理由

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筆者は大学生の頃に写真に目覚め、バイトを始め、そして個人請負までをやっていました。
とにかく写真が撮るのが好きな大学生でした。

周りからは「将来はカメラマンになるの?」とばかり言われていました。
そんな僕がどうしてカメラマンという選択肢をやめたのかを今更ながら語りたいと思います。

報道カメラアシスタントから始まった

大学生の頃にバイトを9つ経験しました。
その中でも2番目に印象深いバイトがTV局のカメラアシスタントでした。

どうしてそのバイトをしたのか。
それは以前からTVに対して関わってみたいという思いと、たまたまバイト募集していたからでした。笑
TV業界は厳しいと言われますが、確かにその通りでした。

僕がカメラアシスタントをしていたのは報道部門でした。
ローカルニュースを撮影に行きます。

人手がいないので研修は普段5日なのに1日で終了。
次回からは一人で全てやれとのことでした。

何が何だかわからず迎えた初日。
向かった先はとある議員の汚職事件。
ぼろぼろにカメラマンに怒られて、「なんだこれ。意味わかんねーぞ。」って感じたこと昨日のように鮮明に覚えています。
まだ、三脚の立て方を知ったけどまだまだ遅いし、フィルターの種類も知らない。
「テレコンって何?ロケポタって何?外録?何それ美味しいの?」な状態です。(業界用語ばかりですいません。。。)

土曜日の出勤でいきなり「今から広島に行ってこい!」の一声で広島へ。
帰ってきたら25時。
タクチケを使って帰宅。

業務終わる30分前にボヤが発生。
「25分後のニュースに差し込みたいから今から行ってこい!」なんて無茶な。。。

そんな経験をして9ヶ月が経ち、どんどん気持ちが変わってきました。
誰かに何かを伝えることのサポートをするのではなく、自分の感性を持って誰かに何かを伝える。そういう表現者になりたい。

その気持ちを抱いたとともに、報道の動画に対しての疑問を感じました。
動画は自分たちが作って、それを相手に一方的に伝える手法である。もちろん受けてありきだが、その意味合いが強い。
つまり独りよがりな作品になりがちであると。
これが報道が現代では批判を浴びる一つの要素になっています。
ゲームもそうですよね。
一つの世界を作り上げて、その世界に呼び込むのがゲームや映画です。

だけど写真なら撮り手の感性をそのまま相手に伝えることができ、一瞬の美しさを切り取れる。
そう思っていたらたまたま写真のカメラマンのバイトを見つけたのが始まりです。

写真の「しゃ」も分からないからこそ努力をし続けれれた

僕がバイトをしていたのはスポーツカメラマンです。
どういったスポーツかを話すと社名を特定されえるので省きます。笑

バイト初日の社内研修。
一眼レフの持ち方がわからずバカにされました。

「初心者歓迎って言ったの誰やねん!」
そんな気持ちから始まった写真のカメラマン生活。
日々奮闘でした。

同期は自分も含めた4人。
一人はフリーランスでそもそもやっているので機材もプロ。
腕もプロでした。
後の3人は初心者。
好奇心から集まってきた仲間です。

結果的に3ヶ月後にはフリーランスの人と、僕しか残りませんでした。
結局、情熱のない仕事は続かないということをこの時に体感しました。

同期の中でも僕はとっておきに何も無知でした。
明らかに最下位レベルでした。
だからこそ、自ら「撮らせてください!練習させてください!」と機会をもらったからこそ現場力を向上できました。

大学でも常にシャッターを押す日々。
どういう写真が本当に求められている写真なのか。
このボディやレンズの性能はどういうものなのか。

ひたすらに学んでいた時期でした。
それはやはり「自分が一番できないからこそ努力をしなければいけない。」と思えたからです。

その結果、カメラマンと言い出してから半年後には個人請負で仕事をもらえるおようになり、どんどんと他の声が上がってきていました。
正直、そのままカメラマンとして生きていくことはできるくらいに学んだ気がしています。

また、自分が目指すカメラマン像はTV局での経験も相まってか、フォトジャーナリストになりたいと心から思いました。
そこから日々ジャーナリズムのある写真や記事を漁る日々でした。

一度の出会いが人生を変えた

突然ですが、「ファインダー越しの3.11」という写真集をご存知でしょうか?
スタジオ・アフターモード所属の佐藤さん、渋谷さん、安田さんの3人方が取られた東日本大震災をありありと収めた写真集です。

その中の一人である安田さんの講演に言ったことがキッカケでカメラマンを諦めました。
「こんなに大変な時に、よく俺たちの写真を撮れるな。」
そんな声を聞いた時には心が折れるでしょう。
そういう意見をいただくのは全然構わないのですが。僕ならその場にいたらどうするかということを考えました。
おそらく僕は

「どうやったら助けれるのか。」

そう思ってしまい、シャッターなんて押すどころじゃないんです。
それよりも大切にすることがあるはずと。

その思考や行動は人間として正解なのかもしれません。
しかし、カメラマンとしては失格です。
どんなに手を差し伸べたくても写真に収めるのが優先です。
そうでなければ後世に伝えることができないので。

そこで悟ったんです。
自分はシャッターを切ることはできないと。
なので、カメラマンになることを諦めました。

本当にやりたいことってなんですか?

人生は短いですが、今までの人生で誰もが必ず培ってきたものがあります。
それは「感性や価値観」です。
その両方に問いただしてください。

本当にやりたいことやれてる?と。

その問いに対して首を縦に振れないのであれば一度考えてみてください。
このままで本当にいいのかと。

きっと他にもっとやれることはあります。
自分が本当にやりたいことを見つけてみてはいかがでしょうか?

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